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           マラソンの思い出



 1999年1月の元日から走り始めて、最初は2キロ、そして

5キロ、翌年には、10キロそしてハーフマラソンと、距離を延ば

していきました。

     

そしてその翌年、ついに、フルマラソンに挑戦したのです。


 2キロと5キロの思い出と言えば、長男と競い合ったこと、次男が小3で5キロを25分で完走

したことです。

 10キロになると、確か府中市のマラソン大会だったでしょうか。

たった40人ほどのレースです。

しかも、猛吹雪。

体は軽快に前に進むのですが、顔に突き刺さるように雪というか氷のシャワー。

10キロの部は、いろんな所で何度か走りましたが、この大会が一番印象に残っています。

 そして、ハーフマラソン。

これは福山市の竹ヶ端運動公園をスタートし、工業団地を折り返し地点に、芦田川の土手を走って

帰るコースでした。

とにかく、ただ「シンドカッタ!」の一言です。

でも家族全員と妻の実家の人たちが応援に来てくれていたので、ずいぶん励みになりました。

参加者は200人強だったでしょうか。

意外と快調に走ることができたと思っています。

因みに、時間は90分ちょっとだったと思います。

どの距離の部もそうですが、だいたい全体の3割前後のあたりを走っているようです。

 いよいよフルマラソンの思い出です。    

とにかく、とにかく、走りながらの感動です。

大会は、岡山県総社市で行われました。

参加人数は全部で約6000人だったでしょうか。

その内約2000人がフルマラソンに出場です。

オートバイで会場まで行きました。

マイクのアナウンスの声、そしてブラバンの演奏の音が鳴り響き、否応無く緊張してきます。

受付がどこにあるか分からないぐらいの人、人、人です。

ドーナツを半分に切ったようなゲートも見えます。

参加者には、無料で、トン汁、おにぎり、甘酒、コーヒーなどが振舞われます。

すれ違う人をみると「皆速そう」と思うぐらいランニグウエアにランニングシューズが決まっています。

ちょっと恥ずかしいのですが、私は、450円のTシャツに、昔から履いていた短パン、そして

極めつけは、なんと言っても寅さんぐつです。

タイムの記録をとるのにセンサーをシューズにとりつけますが、さすがに係員が私の寅さんぐつを

見ながら、そのセンサーを渡してくれた時は恥ずかしいものがありました。

しかも生地の部分が破れて素足が見えているのですから。

周りの人たちと比べてあまりにも惨めなカッコウだったのは間違いありません。

ここで一応言い訳をしておきますが、この大会に出場することを決めてから、すぐ、スポーツショップ

にウエアとシューズを買いに行きました。

ウエアは上下で8000円ぐらい、シューズは、あの高橋選手の履いているメーカーの黄色の1万

ちょっとするものです。

でも、大会前日、ずいぶん悩んだ末、いつもの履きなれた服とくつにしました。

もちろん、あの黄色のシューズは信じられなほど軽く地面を踏んでも柔らかく、一方、寅さんぐつは、

重く、まるで素足で地面を蹴っているような感じで、天と地ほどの差があります。

でも、いつものスタイルにしました。

因みに寅さんぐつは800円ほどです。

そして、受付け、着替えを済ませ、いよいよスタート地点。

応援に来てくれた妻と息子と別れ、選手の並んでいる中に入りました。

どこがスタートラインかそのラインからどのあたりにいるのか、よく分からないまま、スタートを待ち

ました。

トイレに行きたくなったのですが、応援する人たちで塞がっています。

仕方ない、がまんするしかない。

 そして、いよいよ合図とともにスタートです。    

もみくちゃになりながらのスタートでした。

前方に係員の人が倒れています。

でも、みんな、避けたり、中には飛び越えたりと、凄い勢いで走り抜けていきます。

私も、妻に写真を撮ってもらってからは前の人たちに一生懸命ついていきました。

少しづつ、団子状態が緩和され、ふっと前方をみると、先頭グループは、すでに200,300メートル

先を走っています。

「でも、このペースならなんとか着いて行けそうだ! がんばろー!」 

こんなふうに思いながら走っていると、妻と息子が交差した橋の上で、「今10キロよー!200番目

ぐらいよー!」と声をかけながら、一生懸命応援してくれています。

私も手を振ってこたえました。

まだ、余裕があります。

周りの人の中にも会話をしながら走っているグループがいます。

また、五重塔の近くでは記念写真を、プロのカメラマンでしょうか、撮っています。

私も一応笑顔でこたえました。

沿道では大勢の人たちの声援。

元気が出ます。

そのうち、ペースが単調になり、「何か目標を作らなければ」と思い、前方をみると、白髪の、見る

からに60歳は超えてそうな人が走っています。 

「よし、この人についていこう!」 と決め、その人の背中を見ながら走りました。

ところが、20キロを過ぎたあたりから、その白髪の人から少しずつ遅れ始め、女性選手にも次々と

追い越されていきました。

そんなにキツイといった感じではなかったのですが、足が少しづつ重たく感じられてきています。

普段、40キロは滅多に走りません。

せいぜい年に4.5回程度です。

月に350キロほど走っているとはいえ、さすがに、じわじわと堪えてきたのでしょう。

周りの人の息遣いも激しくなってきています。

そうこうしていると、吉備津神社につきました。

それまでに何箇所も補給所でバナナなどが容易されていたのですが、目もくれず、私はその境内

の脇で、きびだんごを頂きました。

大会前に、是非、食べてみたいと思っていたからです。

ところが、イメージとまったく違い、大福もちのようにデカイデカイ。

少しづつ食べればいいものを、いっきに一口。

ところが、水でもそうですが、走りながら喉を通すのは大変難しい。

息も絶え絶えにやっとの思いでゴックン。

走るより苦しかった。

ところで、この大会の前にある作戦を考えていました。

それは、水の補給の仕方です。

普通、上位の選手以外はコップに入れてある水をそのまま飲みますが、これが、走りながらでは

なかなか上手に飲めません。

そこで考えたのがストローです。

短パンに、10本ほど管の太目のものを用意し携帯しました。

水分の補給をするたびにこれを使いました。

まずまずの成功です。

しかし、後半になってくると、しっかり立ち止まって飲んでる人が何人もいます。

こちらの方が正解だったのかなと、後で思った次第です。

ところで、私はトイレが一番気になっていました。

大会前、インターネットで調べました。

また、知り合いの人にも聞いてみました。

しかし、これといった情報が得られません。

ですので、スタート前は、トイレに、列に何度も並びながら通いました。

ところが、ちゃんと設置してあるんですね。 よかったです。

フルマラソンに初めて挑戦される方、だいじょうぶですよ。

 少し話しが逸れましたが、この吉備津神社の脇を通り過ぎて、先の吉備津彦神社で折り返しと

なります。

折り返す前は、「自分の後ろにどの程度の人数の人たちがいるのだろう」と思っていましたが、

その前にすでに大勢います。

もっとも後ろにも、ゾロゾロです。

お互い知り合い同士が声を掛け合っています。

「今回は完走できそうだなー!」 「最後までがんばれよー!」 などです。

そして再び吉備津神社の脇を通り過ぎます。

子供達が 「私のキャンディー食べてがんばってえー!」 「ぼくがつくったチョコレート食べて

がんばれえー!」「最後までがんばれー!」 「そのちょーしだあー!」 など、本当に心のこもった

応援をいっぱい頂きながら、後にしていきます。

そして、30キロあたりでしょうか。

妻と息子が来てくれています。

丁度、きつい土手を上がったところでした。

30キロあたりは辛いところですが、元気をもらいました。

そして、残り約7,8キロ。腕時計をみて、この調子なら「3時間10分前後でゴールできそうだ!

もう少しだ! がんばろー!」と思ってスピードをあげました。

すると突然、なんと足にけいれんが起きたのです。

「やばい!足がつったらもう走れないぞ! とにかく、スピードを落としてつらないようにしないと!」

しかたありません。 ペースダウンです。

「この調子なら、つると歩くこともできなくなる。」 直感的に思いました。

上半身は楽なのに、残念です。

でも、「もうタイムより完走することだ! とにかくつりかけたらスピードダウン! これしかない。」

そうこうしているうち、街なかに入ってきました。

残り5キロの看板もみえます。

でも、スピードがだせない。

焦る気持ちはいっぱいです。

沿道からは大きな声援。

でもスピードが出せません。

マラソンは30キロを過ぎてからと言いますが、本当にそうですね。

前方に、また一人、また一人と、足をつった人たちが、自分の足をかばうように、引きずってゴール

をめざして歩いています。

「ここで足をつって止まってしまえば今までの走りはなんだったのか!」

「とにかく時間がかかってもいい! 完走できればいい! あのゲートを必ずくぐるんだ!」

歩いている人を横目でみながら、精一杯、足を気遣いながら走りました。

残り2キロの看板が前方に見えます。

すると、30メートルぐらい前方に、どうみてもぎこちないスタイルで、走っているというか足だけ前に

でて、上半身はそれについていっていない、そんな人がいます。

「たぶん、あの人も足がつっているんだ。」 丁度四つ角の交差点でした。

応援する人が大勢いました。

そこへ、その人に向かって大きな白いバスタオルを持った係員が近づいて来ます。

ところが、係員がバスタオルをその人にかけようとすると、その人は、一生懸命振り払っています。

何度も何度も振り払っています。

足はなんとか上がっているようですが、もう前には進んでいません。

私は、その光景を横目でみながら 「がんばれ!がんばれ!」 と声をかけつつ、走り過ぎて

いきました。

その直後です。

大きな拍手。

大拍手がおこったのです。

後ろを振り返る余裕はなかったのですが、きっとその人は涙をのんでレースを終えられたのでしょう。

さぞかし、辛かった、無念だったでしょう。

いい年をして私も涙です。

走りながら涙を流したのは初めてです。 

「本当に、ご苦労様」

 そして、残り1キロの直線です。

沿道から一段と大きな声援。

本当に有り難い、感謝です。
       

そして妻と息子の顔を見て、ゴール。

とうとうゴールできました。

あのゲートを通り抜けた瞬間、口では上手に言えませんが、何か今までに味わったことがない

幸せを感じました。

でも、さすがに、しっかりと、疲れました。

走り終えて、あのセンサーを取り外すのにベンチに座らなければならないのですが、どうしても

ひざを曲げて座れません。

情けないと思うのですが、ひざを曲げることができないんです。

「オートバイで帰えれるかな?」 こんなことも切実に思いました。

ホノルルマラソン行きの抽選を待っている間、何とかひざが曲げられるようになり、無事、

オートバイで帰宅できました。


 よく人生はマラソンにたとえられますが、そのことを、正に、身をもって体験できました。

この大会は、私の人生にとって、掛け替えのない、とても大きな素晴らしい1ページになりました。

また、妻や息子はもちろんですが、沿道で一生懸命応援してくださった方々には本当に感謝です。

有難うございました。

ただ残念なことに、この総社市の大会は、この年をもって中止になってしまいました。

本当に残念です。

しかし、元気なうちに、今度は是非、ホノルルマラソンに挑戦したいと思っています。

ところで、私の妻は、翌日から当分の間、筋肉痛で難儀したようです。

因みにタイムは、大会前の3時間20分の目標をオーバーし、3時間30分ちょっとでした。

初めてのフルマラソンだったので、よくがんばったと思います。



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